滋賀県大津市のNPO法人 ALSしがネット/訪問介護事業所・居宅介護支援事業所 もも

2018.8.4 Aだより

7/ 29 (日)
義父逝きて寂しいでしょうと言われると不意にあふれるわが涙かな
今日の昼みんなはチキンライスなり吾には特別リゾットが出る

7/ 30 (月)
義父の部屋すべて引き揚げ掃除済む義父亡くなりて 二週間なり
月替わるまでに作業を終えるため夫と娘よく頑張りぬ
この吾は義父愛読のパンセ読むすることなくてただ読んでいる
新しきパン屋のパンを友くれぬパンの概念超えて洋菓子

7/ 31 (火)
リハビリを受けている時夫帰り不用品処分と手続きに行く
礼拝の情報送りし友のメール コピペで賛美のシートを作らむ (聖書や聖歌を開けられない私のだめに次の礼拝の聖書の部分や聖歌の歌詞などを友人が毎週送って下さっています )

8/1 (水)
祈りの本写真に撮りて今日も来るそれを手本に祈りを書きぬ
床に伏し空眺むれば屋根の上に夫は見つらし赤き火星を

8/2 (木)
このように、わたしたちは、信仰によって義とせられたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより神に対して平和を得ている。わたしたちは、さらに彼により、今立っているこの恵みに信仰によって導き入れられ、そして、神の栄光にあずかる希望を持って喜んでいる。それだけではなく、患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、忍耐は練達を生み出し、練達は希望も生み出すことを、知っているからである。そして、希望は失望に終わることはない。なぜなら、わたしたちに賜っている聖霊よって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。ローマ 5:1 -5

8/3 (金)
ローマ6章
6わたしたちは、このことを知っている。わたしたちのうちの古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。・・・8もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる。・・・11このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって、神に生きている者であることを、認むべきである。・・・23罪の支払う報酬は死である。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのち、である。

8/4 (土)
ローマ 7章
22すなわち、わたしは、内なる人としては神の律法を喜んでいるが、23わたしの肢体には別の法則があって、わたしの心の法則に対して戦いを挑み、そして、肢体に存在する罪の法則の中に、わたしをとりこにしているのを見る。24わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。だれが、この死のからだからわたしを救ってくれるのだろうか。25わたしたちの主イエス・キリストによって、神は感謝すべきかな。
8/6から 17日まで定期の入院です。8/ 18にまた mailします。シャローム。

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