2013.8.19 Aだより
8/15は終戦記念日。第二次世界大戦における連合国・枢軸国および中立国の軍人・民間人の被害者数の総計は5000万〜8000万人とされる。8500万人とする統計もある。当時の世界の人口の2.5%以上が被害者となった。また、これらには飢饉や病気の被害者数も含まれる。
民間人の被害者数:3800万〜5500万(飢饉病気によるものは1300万〜2000万)。
軍人の被害者数:2200万〜2500万。捕虜としての死者数も含む。
平和な時代に、家族が一人なくなっても悲しいのに、戦争で人が死ぬなんて、絶対嫌だ。
人の欲がはじけた恐慌による経済打開のために他国を植民地としようとするなどという考えは許されない。
8/13(日)
日曜は乗り放題の切符にて来ること多き夫 今日は車で
電車なら寝てても着くが 車だと往復2時間休みとならぬ
でも少しゆっくり話せる そのことは申し訳ないけど吾は嬉しい
録画して運んでくれし「恋のスケッチ」終わってしまう パクボゴムロス
8/14(月)
忙しき人から返事ない それをわかってメールを出しぬ
恵みを分かち合うことが主の命令と思い便り出す
何人か返事くださる その人を主かくだされしと受け止めている
台風7号近畿に来るとニュースいう 被害少なく通過を願う
血中酸素濃度がいつもより低くて少ししんどい夕べ
いつもなら95%以上なのだけど今日は92から94どまりなり
ラインくれし友に祈りをお願いし、夜が開けたれば96に
8/15(火)
2016年08月31日 総合誌・雑誌の記事や特集から
『短歌』8月号より「残すべき戦争詠」 田村広志選 より
1、一隊の兵を見送りて/かなしかり/何ぞ彼らのうれひ無げな(なげなる)石川啄木『一握の砂』
一隊の兵は憂いがあっただろう。それが感じられない悲しさ。
2、戦に子を死なしめてめざめたる母のいのちを否定してもみよ 山田あき『紺』
子供を戦死させた母の悲しみと怒り。
3、中国に兵なりし日の五ヶ年をしみじみと思ふ戦争は悪だ 宮柊二『純黄』
作者は戦場で敵兵、捕虜を殺害した。それを踏まえての切実な実感。
4、きやつらは婪る(むさぼる)なきか若者の大いなる死を誰かつぐなふ 坪野哲久『桜』
戦争の指導者への怒り。
5、海底に夜ごとしづかに溶けゐつつあらむ。航空母艦も火夫も 塚本邦夫『水葬物語』
前衛短歌の作者。しかし修辞の妙だけでなく反戦の意思があったのがわかる。
6、帰ろうよ水島上等兵よぶ声のこだまに耐えて連れだてる二羽 玉井清弘『屋嶋』
『ビルマの竪琴』を踏まえた一首。
7、徴兵は命かけても阻むべし母・祖母・おみな牢に満つるとも 石井百代「朝日歌壇」
安保法制の反対運動のあった昨年の作品。ここに同時代の歌人の作品が収録されていない。
これをどう考えるかだ。東京新聞が「2015年安保」と呼んだ昨年。歌人は傍観者だったのだろうか。
8、かかる世に替へし われらの命かと 老いざる死者の声 恨みいふ 岡野弘彦『バグダッド燃ゆ』
アメリカのイラク戦争を詠んだ歌集。社会詠の議論の的となった。
再び言おう。現在の日本に関わる作品がないのはどうしたことだろうか。
西日本新聞 戦争も飢ゑも遠くに忘れつつ… 歌人の馬場あき子さん魂の歌 より
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/535190/
15日で敗戦から74年。現代を代表する歌人の馬場あき子さん(91)=川崎市在住=は
17歳の頃、米軍の空襲で自宅を焼け出された経験がある。
若山牧水賞(宮崎県など主催)の選考に長く携わり、九州にもゆかりのある馬場さん。
戦争体験を次世代にどう伝えていくべきか、聞いた。
馬場さんの青春は戦争と重なる。太平洋戦争の開戦は東京の高等女学校2年、13歳の時。
学徒動員で1944年から中島飛行機の都内にある工場の寮に入り、昼夜交代で飛行機のエンジン台座を作った。
その年の秋から工場への空襲が相次ぐ。防空壕(ごう)から出たら人が倒れていることもあった。
同じ学校の生徒が爆風で飛ばされ精神的に不安定になったり、
別の男子校の生徒が防空壕に生き埋めになり救助されたりしたという。
45年4月13日、両親と3人で住む東京・高田馬場に焼夷(しょうい)弾が落ち、自宅を焼失した。
<焼けはててのこるものなき家のあとに炭をひろふと我はたちたり>
「焼けた柱があって、何もないからせめて炭でも拾おうとして炭を拾い、たき火をして暖をとったのね。
配給も何もない。国家は労働を強制するけれど、こんな状況になったら何もしてくれない。
戦争とは、丸裸にさせられておっぽり出されるということ」。
平成の初めまで、焼夷弾が落ちてくる夢を見たという。
<昭和とは何であつたか国家とは何を強(し)ひたか 焼けた桜よ>
「戦争とは狂気。あんな大国となぜ戦争ができたのか、不可解だった。
戦争が始まったら、国民全員が狂気にさせられる。一億火の玉と、狂わなきゃ生きていけない
<焼けはててのこるものなき家のあとに炭をひろふと我はたちたり>
馬場さんは、憲法9条の堅持と戦争反対を機会あるたびに訴えている。
「次々と法令が作られ国家統制が強まった戦前と、今は似ている。
自由な主張が閉ざされつつあるのではないか。
『表現の不自由展・その後』がつぶされたのは象徴的な出来事。
一寸先は闇と思うから、今後も戦争のことを話したい」
<戦争も飢ゑも遠くに忘れつつ混沌(こんとん)として肥えてまづしく>
<都市はもう混沌として人間はみそらーめんのやうなかなしみ>
将来を担う若者に、戦争体験を聞きたがらない空気を感じるのが気掛かりだ。
「日本の明日がどうなるか、世の動きを見て考えてほしい。
今の戦争はもっと厳しい。絶対戦争をしてはいけない」
ばば・あきこ 1928年生まれ、東京都出身の歌人、文芸評論家。
短歌結社「かりん」主宰。歌集「葡萄唐草」(迢空賞)、「世紀」などを刊行。
著書に「鬼の研究」など。古典や能に造詣が深く、新作能の制作にも取り組んできた。
紫綬褒章受章。日本芸術院会員。
台風7号紀伊半島から姫路行く 信楽は静か ナースは少ない
台風のニュースに隠れ終戦の日のニュースは少なききょうぞ
ユーチューブにワークマンの山登り用の服など推薦してる
吾も山を歩きたいなあ そう思いながらユーチューブを見ている
のんびりとしている裏でこの国では主権在民が侵食されてる
8/16(水)
8/18(金)
PTさんのがんの母上体弱り 一人でトイレに行けぬと聞きぬ
でもおむつしたくないとふ 86でも恥部をさらすは嫌なことなり
その話聞いて涙が止まらない 日々のケアで裸体さらす吾は
8/19(土)
大学の同窓会Tさんとzoomでつながり皆の顔見れる
年月は皆の風貌かえるけど その語り口若き頃のまま
無料zoomは40分の後10分のインターバルが必要とわかる
その10分待つはまどろっこしいが こんな形で顔見て声聞き会話もできる
今日の担当 Tさんで zoomの前に顔そりも頼む
土曜日は人少なくてそんなこと無理かと思えば 今日は人多いと
今日もまた友やナースの優しさと神の配慮を感じる1日
ではまた。シャローム。

